(中略)
そもそも中国軍兵士は動くことが嫌い、戦争になれば隙あらば逃げようと考えている兵士が一般的であり、司令官はと言えば、「進めっ!」と命令し自分は真っ先に逃げる。
蒋介石は兵士を見捨てたばかりか、花園堤防を切って60万人が溺死しても、逃げるためには非常な方法を躊躇なく選択し、さらにはその責任を日本軍のせいだと宣伝した。
日本軍が近づくや上海をすぐに放棄して南京へ逃げ、そこも防衛できず重慶まで逃げた。
毛沢東はさらにその先の延安の洞窟で三年間も逼塞した。

【余命半年の中国・韓国経済 宮崎正弘】
第3章 アジア「反中ドミノ」にのたうつ巨竜 より



制御不能の金融危機がはじまる
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